企業探訪

企業探訪 vol.031
男鹿清掃興業株式会社(男鹿南秋地区会)
創業者の波乱に満ちた人生からの起業が地域に雇用を生み、若い世代ヘバトンタッチされて!
【2017年1月号】今月の企業探訪は、男鹿南秋地区会員の男鹿清掃興業㈱です。創業のルーツから現在までの歩みをお聴きして参りました。男鹿清掃興業(株)は男鹿市船越に存在しています。創業は、戦後間もない1947年(昭和22年)です。創業者は現社長の祖父。籾山一人(もみやまかずと)社長は3代目の後継者です。

男鹿清掃興業創立者は波乱万丈に満ちた人生を歩んできたとか…?

祖父は、昭和10年代頃と思いますが、男鹿の実家に戻らない決意で、仕事を求めて異国の地アメリカに一人で渡米したと聞いています。おそらく貨物船に乗せてもらいそこで仕事をさせてもらいながらだと思います。今思うと、言葉も習慣も違う地によく行ったものだと、行動力と度胸に感心してしまいます。アメリカに渉っては、ニューヨークでハワイ出身の日系の方と共同でレストランを経営していたと聞いています。実家には戻るまいと決意して渡米した祖父ですが、避けられない社会事情の影響により、店を閉め帰国を余儀なくされました。

会社の操業が1947年ですから帰国後すぐの仕事興しですね?飲食業でも可能だったかもしれないですのになぜ今の仕事だったのでしょうね?

そうですね、日本の昭和20年代とアメリカとではし尿処理を含んだ衛生管理に雲泥の差があったようです。滞米していたころから向こうは水洗トイレが当たり前で、日本はまだまだ、ましてや秋田の田舎では自前で穴を掘って埋めていた時代だったでしょうから・・。そういう事情を目にしてきた祖父でしたから、帰国後何の商売が求められていたのか鼻が利くといいますか先見の目があったといいますか…。

創業当時はまず何から始められたのですか?

まず、初めに取り組んだのは、人力でリヤカーを引き、後には馬車で各家々を回り、し尿の汲み取りをしていたようです。近隣の男鹿、若美地域、遠くは現在の潟上市出戸の地域まで汲み取りに出向いたと聞いています。畑を作っていた農家が多かったこともあり、集めてきたし尿を、男鹿周辺の農家から求められ無償で提供していたようです。大事な畑のこやしとして、たいそう喜ばれたと聞いています。需要と供給のバランスが上手くマッチしていた時代だったのですね。

まだ法整備が充分でなかった時代に先駆的に取り組まれたのですね。他に何かやられていたのですか?

その当時我が家は、米の生産もしており、自家の他、近隣農家のコメの精米もやっていたみたいです。それから鶏を飼い、卵の販売もしていました。私も記憶がありますので、昭和40年頃までやっていたように思います。卵を産まなくなった鶏は自前で処理して頂きますので、なぜかいまだに鶏肉は苦手です(笑)」

そうでしたか、そういう事を目にしていますとそうかもしれないですね。籾山社長さんはどのようないきさつで会社に入られたのですか?

会社は昭和43年に有限会社に組織変更と共に私の父が代表取締役へと交代しました。そして昭和48年には、有限会社から株式会社へと変更し、昭和50年11月末に船川から現在の地 船越に引っ越してきました。私は昭和38年生まれで、高校を卒業した後、父が「会社忙しいからまず就職してけれ」ということで、他の会社で修業? することもなく自社に入社しました。昭和56年です。

迷いはなかったものですか?

迷いと言うより、就職難の時代でもありましたし、何も考えていなかったといいますか、考える余知がなく、会社を継ぐものだと思って入社しました・・。幼少のころ、創業者の祖父によくついて、お手伝い(邪魔をしていたかも)をしていたような記憶があります。ですからこのころからこの仕事を継ごうと思っていたかもしれないです。

社長への就任はいつでしたか?

18歳から28年間、仕事を覚え、いろんな経営者の皆様から教えとおしかりを受けながら、平成21年代表に就任しました。46歳でした。会社も船越に引っ越ししてから、平成以降、業務内容もし尿の汲み取り、一般廃棄物処理、浄化槽管理・清掃から、産業廃棄物収集・運搬、産業廃棄物中間処理、廃棄物
処理場管理、仮設トイレレンタル、高圧洗浄、下水道中継ポンプ管理など多くの業務を徐々に増やし、現在に至ります。業務内容の拡大と共に社員は70名を超えるまでになりました。主に男鹿市や近郊の地域の方が多いのですが、秋田市からも通っている社員もいます。間接的な事務業務の方の離職は少ないのですが、現場で働く社員の離職はやはり高いです。その都度中途で採用している状態です、新卒採用は技術系の社員を補充しました。

業界の状況はどうですか?今後の展望などお聞かせ下さい。

そうですね、男鹿市の人口は30,000を割り、世帯数も13,000あまりです。これらの数字は年々下がる一方ですので、事業の縮小も否めないと考えております。当社の創業時の要だった汲み取り業務の売り上げも、毎年少しずつの減少に伴い、バキューム車の保有台数もピーク時の半分に。その売上比率もピーク時の4割まで割り込んでいます。そういう実態が予想されていたからこそ業務内容の多様化に取り組んできたのですけれどね。

そういう状況の中でも男鹿の地域に、70名を超す雇用を生み出していることは有り難いですね。

雇用の維持、継続は結構大変ですよ。新たな事業を興さない限り、毎年の新卒採用は厳しいです。息子たち二人が会社に入社してくれていますから、若い世代の力も生かし、これからの難局に立ち向かわねばと考えている最中です。

お昼の時間になり…社員さんが戻ってきましたね?

そう。うちの会社は、事務所に戻って昼をとっているんですよ。味噌汁をかならず作って社員に食べてもらっています。『同じ釜の飯を食う』という先代からの思いが今も習慣となっています。事務所の奥にたたみの部屋がありますね?その部屋は、ここの事務所を建てる際に作ったのです。昼ごはんを食べ、ゆっくり休んでほしいという気持ちからですけどね…。」
取材・文/三浦文枝
秋田県中小企業家同友会 事務局主任
会社概要

男鹿清掃興業 株式会社
■住所:〒010-0341 秋田県男鹿市船越字内子294
■ TEL:0185-35-3535
■ホームページ:http://www.namahage.ne.jp/~ogaseiso/

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